塗師(ぬし)
砂川隆(すながわたかし)さん/砂川漆工芸 代表
1973年、姫路市西新町生まれ。砂川仏壇店の4代目であり、現在の砂川漆工芸1代目。漆塗り、金箔押し、彩色を本業としつつ、仏檀の製造・販売・修理や 灘のけんか祭りを始めとする屋台などの漆塗りを手がける。2016年、兵庫県技能顕功賞受賞。 |
播州の屋台の屋根は、真っ黒な漆です。漆黒とはこういう色なのか!と思わせてくれる美しい屋台屋根がどのように作られているのかが知りたくて、工房にお邪魔しました。
以下、Q)が秋祭りファンクラブメンバーの質問です
Q)私を含めたお祭り大好きメンバーはみんな姫路生まれなので、「祭り屋台の屋根は、漆が普通」なのだと思い込んでいました。全国的に見ると漆塗りの屋根の方が珍しいのだと聞いて、びっくりしています。 砂川さん)そうなんです。播州独特のものだと聞いています。他の地域では例えばだんじりは殆どが塗られずに白木のはずです。新居浜の祭りは布団屋根。それに対して播州、とりわけ姫路は漆屋根が多いです。姫路は城下町だったため、武家社会だから漆を扱うものが多かったことも関係していると思いますが、基本的には豊かなエリアだったのだと思います。山があり瀬戸内海もありますし、食べ物にも恵まれ、昔から地理的にも要衝で色んな産業が発達しました。
屋台って、皆さんの浄財を集めて作られるんです。彫、錺、縫、塗と4つの要素すべてが合わさっているんですが、これってすごいことなんです。そんなものを、播州では15年くらいで新調することもある。他の地域の祭りではそんな短期間で新調することはなく、もっと永く持たせると思います。心意気の部分もあるでしょうね。
Q)播州の祭りは激しいですもんね。漆って、高価なイメージがあります。塗りのお椀でさえ高価なのに、屋台となるとさぞや…下世話な質問をして、すみません!
砂川さん)実際、高いです(笑)。うちは、全ての工程で天然の漆を使っています。ちなみに漆は『漆黒(しっこく)』という言葉があるように黒漆が代表されますが、あの黒は鉄に反応させた発色なんです。天然の漆は貴重です。ちなみに、今で1kg-15万ぐらいします。 Q)す、すみません。今びっくりしました。手間代もかかりますよね…そんなに高いなんて!!! 砂川さん)漆って、木から採取しますよね。漆の木に引っかき傷を作ると、そこから漆が出る。それを、カキコ(漆掻き)さんが集めます。1本の木から取れる量は、180mlくらい。1人のカキコさんが集められるのが、1日-200mlくらいと聞いています。
(漆は、空気に触れるとどんどん色が変わっていく)
Q)想像するだけで、気が遠くなりそうです(苦笑)。
砂川さん)ちなみに、道具も高いんです。この漆を塗るハケ…これは人毛を使ってるんですよ。
Q)え!人毛ですか??? 砂川さん)はい。それもパーマもなし、髪の毛を染めたこともない人の人毛じゃないとダメ。しかもある程度の長さがまとまって必要。なので材料となる髪の毛の入手がまず困難になっています。この刷毛を作れる職人さんは今、日本に2人くらいしかいないんです。ちなみに、お値段は…1本あたり15万円近く…。
Q)ええええ!!!そんなに。震えてきました…。では、漆塗りの工程について教えてください。
砂川さん)ある村が、屋台を新調するとします。まず、2年間は白木のまま祭りをされます。多分、ご存知ですよね?白木の屋台。あれは新調したばかりのものです。
(新調したばかりの白木のままの屋台のイメージです)
2年経って、漆を塗ります。ここからが私の作業なのですが、ざっくり言うと下地を作って、上塗りをする。下地を塗って、整えて、塗って、整えて…25層になります。最終的に上塗りをするんですが、実に70以上の工程があるうちの8割が「下地」なんですね(笑)
なんせ、下地が命。
屋根内側の補強が終わったあと、最初にオモテ面の野地板(のじいた)の継ぎ目を刻苧(こくそ)といって、漆と挽粉(ひきこ)と米糊を練ったもので補強します。それがよく硬化したのち『木固め』といって屋根全面に生漆(きうるし)を塗り、木地に染み込ませます。
下地は何を使うかというと、堅地(かたじ)といって、漆と地の粉・砥の粉を練り合わせたものを重ねていきます。あいだあいだには麻布を着せて、堅地、麻布、を繰り返します。20層重ね、砥石で丁寧に研ぎ上げ、綺麗な面・強度が出たらようやく塗り工程。
生き物の身体に例えると、木地が骨、肉が下地、塗りは皮膚です。つまり、大工さんが想い描いた理想のラインを読み、下地でシルエットを出し、漆塗りで輝かせます。
塗りは基本的には3回。塗っては研ぎ下ろし、また塗る。
刻苧(こくそ)
布着せの様子
Q)研ぎ下ろす???ペンキのように薄く平坦に塗るのではなく??
砂川さん)はい、垂れない範囲で出来る限り分厚く刷毛塗りしたあと、研いで整えます。ちなみに漆は「炭」で研ぎます。例えばこのサンプル、触ってもらうとわかるんですけど(めちゃくちゃゴツゴツしてます!!!)。これをなめらかな面に、それも屋根のようにカーブがついているものを整えるには、あらかじめカーブに合わせて整形した炭を使って研ぐんです。で、仕上がってからの最終工程が、蝋色(ろいろ)磨きです。
蝋色磨きは、鏡面のように平らで艶やかな光沢を出すために必要な行程で。菜種油と鹿の角を焼いて砕いて作られた角粉(つのこ)を使って、手で磨き上げます。仕上がると、本当に鏡のようになるんですよ。
Q)めちゃくちゃ綺麗ですが、気が遠くなる作業工程ですね。漆って、高価なイメージがありますけど、この工程で納得です。そりゃあ…高いわ…(笑)。
疑問なのですが、これだけの手順でこれだけの作業をして、鏡のように美しい漆屋根ができて、村にお届けしますよね。ここまで手間をかけたものを播州では激しく屋台を練る(時にぶつける)じゃないですか…こんなにきれいに仕上げたのに!もったいない!傷がつくやんか!とは思わないんですか?(私なら絶対に思います!というか、複雑な気持ちになります)
砂川さん)ははははは!言うなれば、F1と同じかもしれません。屋台と仏壇は例えるなら一般のクルマとF1の関係。仏壇の下地は4回ぐらいで、屋台は数十回塗り重ねます。なぜか。屋台は直射日光の下、雨にもあたります、また地面に落とし強い衝撃もかかります。それでも不具合が出ないように工程を増やし、工夫や対策をして完成させています。F1も、過酷な環境下で、下手すると大破するかもしれないけれど、車を最高の状態にまで持っていくじゃないですか。それと同じ感覚でしょうか。最高の状態にまで持って行って最高の祭りをする、という誇りですね。
播州の祭りの心意気って、氏子さんたちだけでなく、職人さんの魂と合わさることであんなに美しいんだなあと、あらためて感動しました。本当にありがとうございました!
【参加者の声】
●祭り大好き女子 ヒロコさん
漆の輝きには、いくつになっても惚れ惚れします。想像以上の工程がそこにはありました。屋根のカーブは漆によって完成する…大工さんの想い描くカーブを塗師さんが形にするのだそうです。天然漆の採取がどれほど手間のかかることなのかも学べて、道具一つ一つに愛情を感じました。
天然漆を見たのは、初めてでした。色の変化はまさしく生き物のようでした。中でも、一番最後の工程の手磨きで仕上げるところに愛を感じます。
砂川さんの所で聞いた「屋台は伝統工芸にはならない」という言葉。伝統ではあるけれど、工芸にはならないからこそ、こんなにもかっこいい播州!姫路屋台!!が残っているんだと思いました。
もちろん、材料が無くなったり。作り手が途絶えたり、この先どんどん大変なことが出てくるとは思いますが...機械ではなく、手作業にこだわる職人さんをかっこいいと思いました!そして、大好きだった姫路の屋台をさらに好きになりました!
●職人を目指す、中3のAくん 感動すると、言葉にならないものですね。もう「すごかった!」という一言しか出てきません!もともとの漆の色から塗る回数に至るまで、驚きの連続でした。職人さんの技術だけでなく、使われている道具もとても貴重な物だと聞いて、僕もこういう文化の継承のためにお手伝いできることはないか、と真剣に考えるようになりました。
● 「播州の秋祭り」を研究している中国からの留学生
塗師の砂川さんは自分の仕事に誇りを持っているなと感じました。そして、その面白さを留学生である私を含め、祭りに興味を持つ人々に十分伝えてくれました。このような自分の技、地元の文化に対する誇りこそが祭りを支える一番大事なことだと思います。
中国語:整个过程中我感受到砂川先生作为漆匠的自豪与骄傲。面对我们这些对祭礼感兴趣的普通人(我还是个外国留学生),他毫无保留地介绍了漆匠工作的有趣和困难之处。这个过程中,砂川先生对自己工作的骄傲,以及对播州当地文化的自信溢于言表。正是这种自信,才能让当地的祭礼和文化得以延续下去。
灘のけんか祭りをきっかけに、播州の秋祭りを知りました。播州地域を代表するぐらい有名度が高いです。官祭から私祭にした歴史があり、民衆のエネルギーが十分に感じられます。そして7つの村はそれぞれの歴史を歩み、昔のように親密な関係ではありませんが、祭りを維持しようと協力していることに感心しました。
我因为姬路滩地区的闹祭为契机,得以了解兵库县播州的秋季祭礼。作为播州地区祭礼的代表之一,滩地区的闹祭知名度很高。历史上它从官方祭礼转变为民间祭礼,因此从中可以充分感受到当地民众的能量。并且,七个村子由于历史原因,地区区划不同,关系也逐渐疏远不如从前紧密,但为了维持祭礼,大家依然齐心协力,让人动容。
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